◆日本における「瓦」
日本家屋を彩るのに欠かせない屋根材である「瓦」。
西暦588年に百済から仏教と共に伝来したと言われています。(Wikipediaより引用)
当時は神社仏閣、もしくは将軍御所などの建築材として用いられました。
瓦屋根といえば、古き良き日本の家屋を彩ってきた伝統工芸といえます。
交通網が発達する前は、地域ごとに瓦を生産する窯があったとされ、
そうなればそれぞれの地域ごとに特徴的な製法や技術があったことは容易に想像できます。
現在、瓦の三大産地と呼ばれる、
三州(愛知県高浜市、半田市、碧南市)
石州(島根県西半部)
淡路(兵庫県)
についても、もともとは地域に根差した瓦を生産していたに過ぎません。
しかしながら現在では多くの人々に愛され、使用されています。
(詳しくは以前のコラムをご確認下さい https://www.nihonbiken.com/topics/blog/detail/5/75/)
瓦自体は、一枚がとても重いものであり、遠くに運ぶのはかなりの重労働。
それゆえに地域に名指した瓦生産が必要だったと考えられます。
しかし現代に近づくにつれ、交通網が発達し、大型トラックが街道を行き交うように。
三州瓦の産地である愛知県は、「東と西の中継点」ゆえに、
関東、関西どちらにも運びやすく、その土地の利を活かして発展していったと言われています。
淡路島を主体とする淡路瓦も、交通網の発達がなければここまで知られることは決して出来ませんでした。陸路と同様に航路の発達がとても重要だったと言えます。
◆日本の住宅を支えてきた瓦をこれからも
今でこそ、屋根の素材自体も瓦を筆頭に金属屋根やスレートなど様々なものが存在しますが、昭和初期や戦後まもなくは、瓦屋根以外は、トタンと呼ばれる薄い板状の屋根が存在する程度でした。
当然ながらトタンなどは雨仕舞が悪く、雨漏りなど日常茶飯事。風にも弱く飛ばされやすい。
瓦屋根の発展こそ、日本の住宅事情、特に雨風に耐えうる家屋を築くその礎を築いてきたといっても過言ではありません。
各地にあった瓦窯も、現在では数えるほどになりました。
最近ではより軽く、耐久性も高い金属屋根などが主流になりつつあります。
瓦を扱える、瓦職人も減少傾向です。
瓦屋根は、一枚ごとに丁寧に敷き詰めた芸術品。
勾配、雨仕舞含め考え抜かれた、いわば「作品」です。
その作品を描く職人がいなくなってしまっては、後世に伝承など不可能です。
日本美建は、一人ひとり確かな技術を保有しています。
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